12月 26日(月)干支のお道具
ご機嫌よろしゅうございます。
今年も残すところあと5日となりました。
年越しの茶の湯にはその年の干支の道具を
登場させて、一年を振り返ります。
本日は申にちなんだお道具をご紹介致します。
遠州公命銘の「猿若」については以前ご紹介しましたので
ご参照ください。( 21014年 11月29日)
もう一つ、
猿の形をした茶入に「不聞猿」があります。
名物瀬戸後窯。上部のくびれた瓢形で、「不見猿・不言猿・不聞猿」
の三猿のうち、耳を塞ぐ不聞猿に姿が似ていることから
つけられました。
全体的に黒飴釉の中に光沢のある黄釉が掛かっています。
また土見の底が高台の様に立ち上がっているのも特徴的です。
根津美術館、香雪美術館などに同手の茶入が存在します。
3月 25日(水) 遠州流茶道の点法
「釣釜」(つりがま)
ご機嫌よろしゅうございます。
4月も近づき炉辺も暖かくなってきました。
炉の季節も終わりに近づくと
釣釜をかけてお茶を点てます。
昨年のメルマガでも触れましたが、
小間では台目切りの席の場合、
台目柱と直線が重なってしまうため、行いません。
釣釜は広間にかけて使用します。
小間では炉中の灰を深く掘り、火をお客様から少し
遠ざけ、釜の高さを調節しながらお点法を
行います。釜は炉の時より少し小ぶりなもの、
筒形のものをかけます。
現在では春の時期に掛けられる釣り釜ですが
本来は季節を問わず掛けられていたものです。
遠州公は茶会の際、小間から書院へ移る際に
鎖の間といって、釜を鎖でかけた席を通る設えを
用意しました。(書院と小間を繋ぐ鎖の意味
とする説もあります。)
点法では、お点法の前に釜の高さを上げ、
お点法の終わりにはまた高さを下げて
湯を沸かしておくことが特徴です。
2月 4日(水) 濃茶
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は濃茶点法についてのお話を
茶道には薄茶・濃茶とあり、一般的に現在は
抹茶といわれてだされるものは薄茶が多いですが
本来抹茶といえば、この濃茶を点てるのが
正式な姿で、茶の湯が出来た頃には、お茶といえばむしろ
この濃茶のみ
であったと思われます。
点法で「お茶を一服差し上げます」
という挨拶はこの濃茶を指すわけです。
薄茶の時とは異なり、一服のお茶が点つまでに
主客共に精神を張り詰めて、一挙手一投足に
集中し、釜の煮え音、茶を練る音、柄杓から湯の落ちる音
までもご馳走に楽しみます。
遠州流の濃茶でのお点法では、
お茶の香りが飛ぶのを避けるため
お茶を点てている途中で、お湯をくわえないこと
(2014年 11月 26日 参照)
茶入の巣蓋は景色として、お客様に見えるように
置くことが特徴的です。
また中水の後にはそれまで窓に掛けていた簾を
茶室外から、一気に巻き上げます。
明るい日差しが入ることにより、室内がパッとあかるくなり、
一服の茶に
集中していた緊張感が溶け、 開放感が生まれます。
9月21日 如水茶訓
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は日曜日。
軍師官兵衛の時代のお話を。
隠居して如水と名乗った官兵衛ですが、
秀吉の死後となる慶長四年(1599)の正月
茶の湯定書というものを発布しています。
一 茶を挽くときには、いかにも静かに廻し、
油断なく滞らぬように挽くべきこと
一 茶碗以下の茶道具には、
垢がつかないように度々洗っておくこと
一 釜の湯を一柄杓汲み取ったならば、
また水を一柄杓差し加えておくこと
決して使い捨てや飲み捨てにしてはならない
これらは利休流を守った教えであると記しています。
素朴で、華美なところは感じられず、
簡単なことのようでなかなか実践できない
そんな日常の心のあり方を、
如水は定書に記したのでした。