8月19日 藤原定家(ふじわらのていか)
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は藤原定家の命日です。
定家は平安末期の歌人で、新古今和歌集、
新勅撰和歌集と、二つの勅撰集の編者となりました。
遠州公は当時、「定家様」の第一人者
であり、また「歌銘」も多く付けたことから
定家は遠州流では比較的馴染みのある歌人かもしれません。
「定家様」とは藤原定家の筆跡を踏襲するもので
同じ時代の消息などに比べると流麗とは
言い難い、特徴的な字体といえるでしょう。
これは本人も「悪筆」と認めていたところですが
印刷技術のない当時、書物は全て筆で写していたわけで
一つ一つの文字がしっかりしている
定家の字体は早く正確に書写するのに非常に適していました。
後に定家様、また小倉百人一首を書いた色紙は
茶人の間に大変な人気となるわけですが
この辺についてはまた次回。
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ご機嫌よろしゅうございます。 今日は今年の干支にちなみ、馬が登場する和歌についてお話したいと思います。
平安時代以降は「馬」を優雅な表現として「駒」と表すようになります。 有名なものに 『駒並めていざ見に行かむ故里は雪とのみこそ花は散るらめ 古今』 馬を並べてさあ見に行こう。 故里(旧都奈良か)はただ雪のように桜の花が美しく散っていることだろう。
『駒とめて袖打ち払ふ陰もなし 佐野のわたりの雪の夕暮れ 新古今』 道中どこか物陰に入って袖にかかった雪を払おうとしたら、辺りには物陰がない。 馬をとめて袖の雪を払う物陰もないのだなあ。 この佐野の渡し場の雪降る夕暮れ時よ。
この歌は藤原定家の歌で、遠州流と定家は深い関係がありますが、また改めてお話したいと思います。
さてさて、毎年恒例の点て初めでは お家元がその年の御題に因んだ和歌を詠み、 自作の茶杓に歌銘としてしたためたものが使われます。 今年はどんな茶杓が拝見できるか楽しみです。