向栄会 釜師 根来琢三

2018-8-22 UP

ご機嫌よろしゅうございます。
根来さん

今日は釜師の根来琢三氏をご紹介いたします。

先祖は和歌山に住み、江戸時代には紀州藩の鉄砲隊をしていた

武家の流れをくむ根来氏。

その根来氏が、祖父・実三の代で釜師となり、二代茂昌氏、

そして琢三氏で三代目。

実三氏が東京で鋳金工芸作家であり、東京美術学校で指導をしていた

香取秀真氏から、11世宗明宗匠を紹介され、

遠州流職方としてのお出入りがはじまりました。

琢三氏が初めて釜を作ったのは高校3年生。

玉川大学芸術学科金属工芸コースで金属工芸の基礎を学び、

大学三年から釜をつくりだし本格的に釜の制作を始めたのは

大学卒業後二十二歳、以来一度も就職した経験がないので、

ボーナス時の世の皆様が羨ましいとおっしゃる根来さん。

祖父・実三氏の頃から横浜の寺家町で釜を作っています。

釜を作るために大量に炭を消費するのですが、

その炭を生産する寺家の環境が適していたようです。

現在、釜をつくる家も神奈川県では根来氏を含めて二軒しかありません。

その高い技術を要する釜の作り手は年々減る一方で、

「釜一つ あれば茶の湯はなるのを…」

と利休百首にもあります通り

茶の湯をするには欠かせない道具です。