5月 7日 端午の節句 粽(ちまき)と柏餅(かしわもち)」
ご機嫌よろしゅうございます。 端午の節句といえば、粽や柏餅ですが 皆さんはどちらを召し上がりましたか?
粽か柏餅か、 これには東西の文化の違いが関係しているようです。
粽は、平安時代に中国から端午の節句が伝来したときに 共に伝えられ、全国に広がっていきました。 その後江戸時代に端午の節句が五節句の一つになってから、 縁起のいい柏餅が江戸の主流となり、 伝統を重んじる上方は粽を伝承したそうです。
粽は今からおよそ2300年前、中国で屈原(くつげん)という詩人が 陰謀によって失脚し、国を追われてしまいます。 国の行く末に失望した屈源は、汨羅(べきら)という川に投身自殺します。 その日が5月5日。 人々は屈原の死を悲しんで、供物を川へ投げ入れて弔いをしていましたが、 その供物は屈原のもとに届く前に、悪い龍に盗まれてしまうので 龍が苦手な楝樹(れんじゅ)の葉でもち米を包みました。 これを、邪気を払う赤・青・黄・白・黒の五色の糸で縛り 川へ流すと無事に屈原のもとへ届くようになったといいます。 その後中国では5月5日に粽を作って災いを除ける風習ができ、 端午の節句 となって粽とともに日本に伝来したのです。
粽が中国伝来なのに対し、柏餅は日本独特のものです。 新芽が出ないと古い葉が落ちないことから、子孫繁栄など の意味を込めて使われ、端午の節句の縁起のいい食べ物となりました。
さて皆さんのご家庭ではどちらでしたでしょうか? …でも、せっかくなので どちらもいただきたいですね。
5月 6日 幟(のぼり)
ご機嫌よろしゅうございます。
GWも今日で最終日。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。
今日は幟について
幟はもともと神様の依代(よりしろ)の役割があったそうで、
これに鯉の絵を書いたのが鯉幟の起源だそうです。
また、中世以降、武家では男児の出生を祝って、
端午の節句に旗指物(家紋をしるしした旗)や幟を立てる風習があり、
江戸時代には特にこの行事が重んじられていて、
武家の玄関先には武具や旗指物や幟が並べられました。
経済面で力をつけた商人が
これに対抗して、旗指物のかわりに「鯉のぼり」
を考案したという説があります。
この鯉幟は、滝を登りきった鯉が、
龍に変身するという故事にちなんだもので
男の子の出世を願う縁起物
現在では鎧飾りと共に端午の節句に欠かせない飾りです。
例年ご宗家の玄関では
正大さんの真鯉、緋鯉の三尾が堂々と上空を泳ぎ
お客様をお出迎えしてくれます。
5月5日 端午の節句
ご機嫌よろしゅうございます。
現在五月五日は「こどもの日」として
祝日とされています。
昔から端午の節句といい、
男の子の健やかな成長を祝う日として
親しまれています。
諸説ありますが、もともとこの日は、
農耕民族であった日本人にとって田植えの準備のための神聖な日でした。
稲を植える早乙女達が、家に閉じこもり身を清める日が
旧暦の五月五日の民間行事でした。
つまり古来は「女の日」だったといえますね。
これが江戸幕府成立以来、
中国から朝廷に伝わった厄除けの風習に、武士の風習が交り、
武家を中心に男子の成長を祝う、今の風習へと変化していきました。
雛祭りもしかり、
現在みなさんに親しまれている伝統的な行事も
長い年月をかけて変化してきたのですね。
5月 4日 みどりの日
ご機嫌よろしゅうございます。
GWの二日目になりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
今日「みどりの日」は
1989年(平成元年)に制定された「国民の祝日」です。
国民の祝日に関する法律」第2条には
「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し,
豊かな心をはぐくむ」
日とあります。
もともとは4月29日の昭和の日でも触れました通り
生物学を専攻され、植物に関する造詣も深かった
昭和天皇がご崩御され、
それまで60余年にわたり「ゴールデンウィーク」
のはじまりの休日として、国民の間に定着していた
天皇の誕生日を、自然を愛されたお人柄を記念する意味から
「みどりの日」とされたそうです。
今日は身近な自然に目をむけ、
新緑の美しさをじっくり愛でてみませんか?
5月3日 憲法記念日
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は憲法記念日
祝日です。
5月3日は1948年に
「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」
と法律で定められた国民の祝日の1つです。
その憲法の内容は、
「国民主権」
「平和主義」
「基本的人権の尊重」
という3つの柱を持っています。
1948年に生まれた子供には、
新憲法に対する思いから
「憲司」・「憲太郎」や「憲子」など
子どもの名前に「憲」の字を入れることが多かったそうです。
憲法そのもの自体は、学校で習って以来、
普段なかなか向き合うこともなかなか
ないかもしれません。
GWの一日として楽しみつつ、
年に一度この祝日に、憲法について考える
機会にできるといいですね。
5月2日 八十八夜
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は八十八夜です。
「夏も近づく八十八夜…」で始まる歌が頭に浮かびます。
八十八夜は立春から数えて八十八日目の日をさします。
八十八という字を組み合わせると「米」という字になる
ことから、農家では大切な日とされてきました。
この日を境に本格的な農事にとりかかります。
お茶どころでは茶摘みの最盛期となります。
お茶の葉は、一度でも霜に当たると駄目になってしまいます。
そのため昔は藁をひき、霜を防いだようです。
この八十八夜に摘まれ、
茶壺に詰められた碾茶を、十一月に取り出すのが
「口切(くちきり)」です。
この茶葉を詰めた茶壺は、茶道創生期においては、
茶道具の第一の道具でした。
今では想像しにくいことですが、茶入が茶壺に変わり人気があがるのは、
それよりも後のことになります。
5月1日 初風炉(しょぶろ)
ご機嫌よろしゅうございます。
茶道ではいよいよ季節が夏へかわり 茶室の設えも、爽やかな季節に向けて 準備します。
寒い冬には、お客様に近い炉(ろ)を使って暖をとり 大きな釜で湯を沸かしました。 5月に入り暖かい季節になると、なるべく火の気をお客様から 遠ざけるため冬の間使用した炉に蓋をして 風炉を壁付きの方へ置きます。
この風炉の中にも小さな宇宙が広がります。 初夏・盛夏・晩秋にそれぞれ真・行・草と呼ばれる灰型に 形を変えて5月から10月に渡る季節の移り変わりを表現します。
「父は家元」の映画の中で 安藤執事長が灰型を作るシーンがありました。 丹精こめて手入れした灰は決して押さえずに、 その一粒一粒を やはり自分で作った灰箒で丁寧になでて仕上げていきます。 灰が自分の思い通りに動かせるようになるまでには 長い年月を要します。
遠州流の灰は湿し灰(しめしばい)とよばれるもので 使うたびに湿らせて振るいにかけ、湿り具合を調整して保管しています。 ご宗家の灰は、遠州公の時代から繰り返し使われ、 手入れされてきた歴史ある灰で 振るう者にも、一粒とて無駄にせぬようにと 振るい方と共に教えられてきました。 直門のお稽古ではその遠州公以来の灰でお稽古しており なんとも身が引き締まります。
遠州公の時代には26通りの型があったそうです。
4月30日 袋藤(ふくろふじ)
ご機嫌よろしゅうございます。
早いもので今日で4月も終わり、
明日から5月です。
今日は季節の茶花「袋藤」の
お話をさせていただきます。
袋藤とは、花の咲く直前の
袋に花が入った状態のことをさします。
26日に藤浪の茶入をご紹介しました。
藤は茶の湯では風炉の花とされますが、
二季草(ふたきぐさ)ともいわれるように、
旧暦では春から夏にかけて咲きます。
また、添えるものの少なくなる4月には
4月中も袋に入っているうちは使っていいと
されています。
床の間にこの袋藤が入ると
いよいよ季節が変わるのだなということを感じさせてくれます。
しかし、使用する日に合わせて
袋に収まりながらも花色がのぞく位の
ちょうどよい状態のものを手に入れるのはとても困難ですので
この袋藤を拝見できるのは
大変なご馳走といえます。
4月29日 昭和の日
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は「昭和の日」
祝日です。
4月29日は、もともと昭和の時代「天皇誕生日」という祝日でした。
それが、昭和64年(1989)1月7日に
昭和天皇が崩御されたことを受けて年号が平成へ。
「天皇誕生日」は今の天皇陛下のお誕生日である12月23日となり、
4月29日は昭和天皇が自然を愛したことにちなんで、
平成元年から「みどりの日」と名称を変えて祝日として存続しました。
そのあと平成17年に国会で「国民の祝日に関する法律」
が改正され、平成19年より「昭和の日」とすることになったのです。
自然をこよなく愛された昭和天皇は、
「全国植樹祭」にも必ずご臨席になり、
ご自身の手で植樹をされてきました。
国営昭和記念公園は、昭和天皇御在位50年記念事業の一環として、
建設された広大な国営公園です。
また皇居東御苑は戦後、昭和天皇御自身の発案により
作られた庭園で、
徳川時代からの日本庭園と、開発によって失われていく
武蔵野の林を惜しんでそのまま移植された雑木林があります。
この日本庭園は江戸時代、遠州公が造り
三代将軍の徳川家光の命で改修されたと伝えられる庭園で
焼失などにより明治以降荒廃していたものを
皇居東御苑の公開の開始に当り、
九代将軍徳川家重の時代に作成された庭園の
絵図面を参考に造られたものです。
どちらも四季折々の美しい自然を目にすることができ、
自然を愛された昭和天皇が偲ばれます。
4月28日 遅桜(おそざくら)
ご機嫌よろしゅうございます。
東京では桜の見頃もいよいよ終わりを迎える頃かと思います。
今日は桜の名を銘に持つ
大名物「遅桜」についてご紹介致します。
以前にご紹介した初花の茶入はすでに
世上第一として広くその名を世にとどろかせていましたが、
その後に新たに見出されたのがこの茶入れでありました。
そこで
夏山の 青葉まじりのおそ桜
初花よりもめづらしきかな
という金葉集の歌に因んで
足利義政が銘をつけたとされています。
初花より景色の暗い釉薬で、華美でないところが
かえって品位の良さを感じます。
この茶入は徳川家の所蔵、柳営御物となり
後に三井家に伝わります。
過日、東京都目黒美術館で行われた御先代の
「紅心 小堀宗慶の世界」展にて
この遅桜と初花を隣り合わせとして展示されたことは
大変珍しいことで、後にも先にも
このときばかりかもしれません。
ご覧になれた方、大変な幸運でした。