権十郎篷雪命日

2014-8-4 UP

8月4日 権十郎篷雪命日

ご機嫌よろしゅうございます。

今日は権十郎篷雪の命日です。
寛永二年(1625)遠州公の次男として生まれ、
後に小堀を改めて小堀家と所縁の深い浅井姓を称し、
権十郎篷雪と称しました。

兄の大膳宗慶とは5歳離れた弟になります。
正保四年(1647)遠州公が没すると、
父の遺領のうち近江国浅井郡の千石を分地されました。

茶会でもよく名を目にする通り、
道具の目利きに優れていたので、その鑑定眼にかなった
道具の箱書が多く伝来しています。

元禄七年(1694)8月4日江戸でなくなります。
70歳でした。

明智光秀(あけちみつひで)

2014-8-3 UP

8月3日 明智光秀(あけちみつひで)

ご機嫌よろしゅうございます。

今日は日曜となりましたので
官兵衛の時代のお話しを。

主君信長に反逆する裏切り者としての
一面が目立つ光秀ですが、文武両道で
和歌・茶道の嗜みも深い文化人でした。

天正十年(1582)
6月に本能寺の変の起こる年ですが、
この年の正月7日の朝、
光秀は山上宗二と津田宗及を招き、
茶会を開いています。

床の間には信長直筆の掛物
通常床の間に掛ける掛物は墨跡や唐絵、古歌など
を掛けることが一般的でした。

主君の筆による掛物を飾り、恩恵に感謝していた
ように感じられます。
この数ヶ月後、その主君を討つことになるとは
当時の光秀は思いもよらなかったのではないでしょうか。

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ねぶた

2014-8-2 UP

8月2日 ねぶた

ご機嫌よろしゅうございます。
この時期、青森では有名な「ねぶた祭り」が
行われます。

このねぶたの由来は諸説あるようで
もともとは酷暑でたまった疲れや眠けを、
秋の農繁期の前に水に流そうという
「眠り流し」の行事だとされています。
これに七夕祭りの灯籠流し、送り火の要素が加わって
現在の形につながったようです。

歴史上の人物をかたどった巨大な張り子の
中に灯りをともし、笛や太鼓の音と共に練り歩く
姿は迫力満点です。

賑やかな練り歩きと張り子の灯りも、もとは眠けを
飛ばすためのもの。
その狙い通り、夜の静けさを吹き飛ばす人々の熱気が
今年も祭りを包みます。

ねぷた(弘前)についてはまた改めてお話したいと思います。

八朔(はっさく)

2014-8-1 UP

8月1日  八朔(はっさく)

ご機嫌よろしゅうございます。
今日から8月。
8月は「葉月」とも言われ、
木の葉が紅葉して落ちる月ということから
「葉落ち月」「葉月」となったという説があります。

また8月1日には
昔から農家では早稲の穂を恩人に贈って
「田実(たのむ)の祝い」といわれる
豊作祈願を行いました。
お世話になった人に贈り物をし、
よろしく「たのむ」日とされ、この風習は
後に武家にも伝わりました。

またこの8月1日に秀吉により関八州を与えられた
徳川家康が江戸入城の日でもあり、後に江戸幕府の
大事な式日、八朔御祝儀の日となりました。

この話はまた後日改めてお話したいと思います。

2014-7-31 UP

7月 31日 年寄りの冷や水

ご機嫌よろしゅうございます。

真夏のうだうような暑さには、
冷たく冷やした飲み物や
食べ物が美味しく感じられますね。
でも冷たいものばかり食べていると、
体を冷やしてしまうことはよく言われています。

お年寄が自分の身体の状態を考えずに
無理をするのを注意する言葉を
「年寄りの冷や水」と言ったりします。

水が今ほど満足に使えなかった江戸時代
生水は毒とされ、必ず沸かして利用されていましたが
河の真ん中の水は毒が無いと言う迷信が有り、
夏の暑い時期は隅田川から汲んできた水を
「冷や水」と言って飲料水として氷を浮かべたりして
売り歩いていました。
しかし、街中を流れてる川の水ですから、抵抗力の
弱い高齢の方はお腹を壊してしまいます。
ここからさきほどのことわざが生まれたといわれています。

とはいえ年齢に関わらず
冷たいものの食べ過ぎ飲み過ぎは要注意です。

つりしのぶ

2014-7-30 UP

7月30日 つりしのぶ

ご機嫌よろしゅうございます。
皆さんは「つりしのぶ」をご存知でしょうか?

釣りしのぶは、山苔を巻きつけた上に
シノブと呼ばれる根茎を巻き付けて、
さまざまな形に仕立てたもので、
これを軒先に吊るして、眺めることで涼をとります。

シノブは山地に育つシダで、乾燥にも強く、
水がなくても「耐え忍ぶ」という意味から
シノブという名がついたとされています。

このつりしのぶは、江戸の中期に
庭師がお得意様へのお中元用に作り始めたもので
江戸の手狭な長屋などでも気軽に楽しめるので
庶民に人気がでて
明治から昭和初期にかけて一般にも広まりました。

2014-7-29 UP

7月 29日 土用の丑の日(どようのうしのひ)

ご機嫌よろしゅうございます。

日本の夏 土用の丑の日という言葉は
必ずこの時期に耳にします。

そしてついつい鰻が食べたくなるのも不思議なものです。

この土用の丑の日という言葉は
江戸時代、売れゆきが悪く困っていた近所の鰻屋に
頼まれて博物学者の平賀源内が作り、貼り出したものでした。

もともと丑の日に「う」のつくものを食べる習慣と
あいまって、今日までしっかりと日本人に定着したキャッチコピーです。

土用とは、立春・立夏・立秋・立冬の四季の変わり目の前の
18日間のことを指します。
つまり、土用は本来夏だけではないのですね。

立秋前の土用は暑さが厳しく農作物の収穫にも関わるため
特に重視されてきました。

その土用の間の十二支のうちの丑の日が
「土用の丑の日」にあたります。

桔梗(ききょう)

2014-7-28 UP

7月 28日 桔梗(ききょう)

ご機嫌よろしゅうございます。

風炉の茶花として重宝される花の一つに
桔梗があります。

桔梗ですが
そもそもは発汗剤、咳止めなどの漢方薬として渡来し
たもので、日本では全国の山野に自生し
ていて、大変馴染みのある花です。

戦国時代には紋所や旗印として多く用いられました。
桔梗の字が「更に吉」の組み合わせで縁起がいいということも
理由の一つのようです。

明智光秀は「水色桔梗」
江戸城を築いた太田道灌は「太田桔梗」
坂本龍馬は「組み合い角に桔梗」
の家紋が使われています。

高山右近(たかやまうこん)

2014-7-27 UP

7月  27日高山右近(たかやまうこん)

ご機嫌よろしゅうございます。

今日は利休七哲にも数えられる高山右近について

荒木村重とともに籠城の構えをとった
高山右近はキリシタンを弾圧との信長の脅迫に,
人質として妹と息子を差し出している村重と
キリシタンへの迫害との狭間で悩みます。

最終的には、城や家族を捨て身一つとなり信長に降伏。
右近の降伏により形勢が信長有利となったため
高く評価され加増されました。

官兵衛をはじめ、牧村政治・小西行長・大谷吉継・蒲生氏郷など
多くの武将が影響を受けてキリシタンとなります。

信仰と茶の湯に熱心で、秀吉の世となって
禁教後、家康の時代に国外追放となるまで
前田家の加賀藩に住み、茶所としての金沢の発展に貢献しました。

花火(はなび)

2014-7-26 UP

7月 26日  花火(はなび)

ご機嫌よろしゅうございます。

夏の花といえば
朝顔、槿、いろいろありますが
夜空に咲く花火も、やはり夏の花。

ほんの数秒の短い命ながら

その夜空に光る美しさと
どーんというお腹の底に響く音
暗闇に漂う火薬の匂い

私たちの五感に響くその美しさは
時を経て現代の今も日本人に親しまれててきました。

特に東京・隅田川の花火は、毎年多くの見物客で賑わいますが
もとは死者を弔うための火であったことをご存知でしょうか?

飢餓や疫病が流行した江戸時代
時の将軍であった徳川吉宗が犠牲者の慰霊と悪霊退散のため
隅田川で水神祭を開き、この時両国橋周辺の
料理屋さんが上げた花火が隅田川の花火の由来
といわれています。