11月 17日
心あてに折らばや折らむ
初霜のおきまどはせる白菊の花
古今集 大河内躬恒
ご機嫌よろしゅうございます。
東北から関東にかけては既に初霜の降りた地域も
あるのではと思います。
先ほどの和歌は百人一首にも選ばれている
大河内躬恒の歌です。
当て推量に折るならば折ろうか。
初霜が置いて、その白さのために見分けもつかなく
なっている白菊の花を。
初霜に紛れるばかりの白菊の美しさを詠んでいます。
先人は、寒暖の差によって熟し方の異なる茶の扱いや
炉・風炉の区切りを自然現象によって判断していました。
口切も行う日が予め決められたものではなく
霜が降ってからが良いとされていたのです。
木々が赤く染まり始める頃、
そしてはらはらと散り始める頃
その時々の自然の変化に応じて、
茶の湯も時が流れていきます。
11月 16日 遠州公と高取焼
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は先週に引き続き、
遠州公と高取焼についてのお話を
ご紹介します。
高取焼の茶入で有名なものの一つに
「横嶽」という銘の茶入があります。
御所持の茶入 一段見事に御座候
染川 秋の夜 いづれもこれには劣り申すべく候…
前廉の二つの御茶入は御割りすてなさるべく候…
(「伏見屋筆記 名物茶器図」)
黒田忠之公が遠州公に茶入を見せて、
命銘をお願いしました。
遠州公はこの茶入のでき上がりを賞讃し、
先週ご紹介した、二つの茶入「秋の夜」「染川」
よりも優れているとして、前の二つは割捨ててしまいなさい
とまで言っています。
そして九州の名勝横嶽にちなんで銘をつけました。
過去火災に遭い、付属物を消失し釉薬の色も多少変わって
しまいましたが、形はそのままに
現在熱海のMOA美術館に収蔵されています。
11月 15日 七五三
ご機嫌よろしゅうございます。
この時期、小さな可愛いお子さんが
お着物をきて、お家の方と手をつないで歩く
姿をよく見かけます。
慣れない着物に戸惑いながらも、一生懸命
歩く姿はとてもいじらしく可愛いものです。
今日は七五三。
「七歳までは神のうち」という言葉もあるように
かつては、乳幼児死亡率も高く、子供が七歳まで
成長することも厳しい時代でした。
そのため三歳、五歳、七歳と節目ごとに大人の
髪型や着付けに近づけていき、七歳をもって
人間の仲間入りを果たし、その御祝いをする
という意味が、この七五三には込められています。
現代では医療も進歩し、可愛い我が子の成長の
過程を祝う行事として全国に定着しました。
ここまで無事に育ってくれたことへの安堵と喜びが
街ですれ違う家族から伝わってきます。
11月 14日 おそらく椿
ご機嫌よろしゅうございます。
京都伏見にある安産祈願で知られる
御香宮神社をご存じでしょうか?
ここには遠州公ゆかりの椿が植えられています。
「おそらく椿」と呼ばれるその花は
白と薄紅の混ざった淡い色をした花弁が
幾重にも重なり合い、丸く可愛らしい印象を受けます。
この椿は豊臣秀吉が伏見城築城の際、
各地から集めた茶花の一つと伝えられ
樹齢約400年の古木です。
遠州公が伏見奉行を務めていた折、
この御香宮を訪れました。
「各地で名木を見て来たが、
これほど見事なツバキは、おそらくないだろう」
とたたえた事から、以後
『おそらく椿』
と呼ばれるようになったのだそうです。
11月 13日 遠州公とワイン
ご機嫌よろしゅうございます。
今日はワイン好きの方には待望の
ボジョレーヌーボー解禁日です。
フランス・ブルゴーニュ地方のボジョレー地区
で作られる新酒。
毎年11月の第3木曜日午前0時に販売が解禁されます。
その年収穫された葡萄で作る、若々しいワインは
そのフレッシュな味わいを楽しむため、
普通のワインとは異なり、
冷やして頂くと美味しいそうです。
さて、遠州公は会席の前に、徳利に葡萄酒を入れて
お出しするなど鎖国政策の敷かれていた
当時の日本としては大変珍しく
貴重だった葡萄酒を茶の湯に巧みに
取り入れていました。
これは遠州公が歴代の長崎奉行との深い交流
があり、葡萄酒を手に入れやすい環境に
あったことが一つの要因のようです。
また黒田藩主忠之公に葡萄酒を贈った際の
添え状も残っています。
11月 12日 瓢(ふくべ)の炭斗
ご機嫌よろしゅうございます。
炉開きについては先週ご紹介しましたが、
炉開きの炭点法では、瓢(ふくべ)を
炭斗にしたものを使うことがあります。
瓢は夏にもお話しました通り、干瓢を
作る夕顔の実です。
秋の実りの頃にできるの瓢のもののうち、
すわりのよいものを選んで炭斗を作り、炭を入れます。
水分が多いことから、火に対する水の意味も
あり、炉開きの際に使われます。
遠州公の茶会記にも寛永三年の十月十五日
を初めに、瓢の炭斗が度々登場します。
本来はその都度新しいものを作るのですが
近年では肉の部分が薄く、なかなかふさわしいもの
ができません。
そこでご先代の宗慶宗匠は、瓢に漢詩や和歌を
書き付け、後々にも使えるよう工夫をなされました。
無表情だった瓢の炭斗に
雅の心が吹き込まれます。
瓢の炭斗を見ると、いよいよ炉を開けるのだ
と実感できます。
炉開きを彩るお道具の一つです。
11月 11日 光悦会
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は京都で光悦会が開催されます。
光悦会は東京の大師会に並ぶ
日本の代表的な茶会です。
京都鷹峰の光悦寺において11月11,12,13日の3日間
五都の道具商が世話人となって催されます。
この茶会の舞台となる光悦寺は、
大虚山(たいきょざん)と号する日蓮宗のお寺です。
元和元年(1615)本阿弥光悦が、
徳川家康にこの地を与えられ一族、工匠等と移り住み、
芸術郷を築いていきました。
光悦は、刀剣鑑定のほか、書、陶芸、絵画、蒔絵などにも優れた
文化人で、光悦の死後、寺(日蓮宗)となりました。
境内には、大虚庵など7つの茶室があります。
さて遠州公と光悦にも縁がございます。
遠州公は寛永13年(1636) 5月21日に、品川林中の御茶屋を新しく造設し、
将軍家光をお迎えして献茶します。
その控えの茶碗として用いられたのが、
光悦に依頼して作製された、膳所光悦と呼ばれている茶碗で、
正式に遠州公が取り上げたのは二碗であると言われています。
11月 10日 酉の市
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は11月の酉の日
全国の鷲(おおとり)神社では
酉の市が開かれます。
この鷲神社は、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
を祀っています。
天照大御神が天之岩戸にお隠れになり、
その岩度が開かれた時、楽器を持つ神の弦の先に
鷲がとまったことから、吉祥の兆しとしてその神は
天日鷲命と称される様になりました。
また東国平定のための旅の途中亡くなった
日本武尊の魂が大きな白い鳥と
なり故郷へ飛び去ったと言われています。
そのため鷲神社の氏子は鶏を神の使いと信じ
古くより大切に扱ってきました。
この酉の市では、開運招福や商売繁盛を願い
福をかきこむ豪華な熊手が売られ、境内は
大変な賑わいをみせます。
お店の人との値段交渉交渉も楽しみの一つ。
商談成立し、安く熊手を手に入れたら、
値切った金額をご祝儀として渡すというのが、
粋な熊手の買い方なのだとか。
11月 8日 遠州公の愛した茶入
「伊予簾(いよすだれ)」
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は遠州蔵帳帳所載の茶入「伊予簾」
をご紹介します。
この茶入の形が編笠に似て、もの侘びた姿を
していること、また鶉のような斑模様をしている
ことからから遠州公が詞花和歌集 恋下の
逢ふことはまばらに編める伊予簾
いよいよ我をわびさするかな 恵慶法師
の歌の意味をもって銘命されたと言われています。
遠州公の茶会記では、
寛永十四年(1637)十二月二日夜に、江月和尚
松花堂昭乗を招いてこの茶入を用いています。
この茶入に添っている仕服の一つは「伊予簾」と
呼ばれています。
このように、茶入の銘から仕服の呼称がつけられたものを
名物裂と言います。
小堀家の手を離れ、所有者を転々とした後、
現在では昭和美術館の収蔵品となっています。
11月 7日 立冬
ご機嫌よろしゅうございます。
日毎朝晩の冷え込みが厳しくなってきました。
あたりを見渡すと景色もすっかり変わって
きたのではないかと思います。
今日は二十四節気の立冬にあたります。
霜降から数えて15日目頃を指し、
「冬が立つ」、つまり冬の始まりを意味します。
いよいよ冬の到来です。今日から来年の立春までが
暦の上での冬となります。
気圧配置は西高東低の冬型となる日が増えて行き
木枯らし1号や初雪の便りも聞こえ始めます。