心あてに折らばや折らむ 初霜のおきまどはせる白菊の花

2014-11-17 UP

11月 17日

心あてに折らばや折らむ
初霜のおきまどはせる白菊の花

古今集  大河内躬恒

ご機嫌よろしゅうございます。
東北から関東にかけては既に初霜の降りた地域も
あるのではと思います。

先ほどの和歌は百人一首にも選ばれている
大河内躬恒の歌です。

当て推量に折るならば折ろうか。
初霜が置いて、その白さのために見分けもつかなく
なっている白菊の花を。

初霜に紛れるばかりの白菊の美しさを詠んでいます。

先人は、寒暖の差によって熟し方の異なる茶の扱いや
炉・風炉の区切りを自然現象によって判断していました。

口切も行う日が予め決められたものではなく
霜が降ってからが良いとされていたのです。

木々が赤く染まり始める頃、
そしてはらはらと散り始める頃

その時々の自然の変化に応じて、
茶の湯も時が流れていきます。

遠州公と高取焼

2014-11-16 UP

11月 16日 遠州公と高取焼

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は先週に引き続き、
遠州公と高取焼についてのお話を
ご紹介します。

高取焼の茶入で有名なものの一つに
「横嶽」という銘の茶入があります。

御所持の茶入 一段見事に御座候
染川 秋の夜 いづれもこれには劣り申すべく候…
前廉の二つの御茶入は御割りすてなさるべく候…
(「伏見屋筆記 名物茶器図」)

黒田忠之公が遠州公に茶入を見せて、
命銘をお願いしました。
遠州公はこの茶入のでき上がりを賞讃し、
先週ご紹介した、二つの茶入「秋の夜」「染川」
よりも優れているとして、前の二つは割捨ててしまいなさい
とまで言っています。

そして九州の名勝横嶽にちなんで銘をつけました。

過去火災に遭い、付属物を消失し釉薬の色も多少変わって
しまいましたが、形はそのままに
現在熱海のMOA美術館に収蔵されています。

七五三

2014-11-15 UP

11月 15日 七五三

ご機嫌よろしゅうございます。

この時期、小さな可愛いお子さんが
お着物をきて、お家の方と手をつないで歩く
姿をよく見かけます。

慣れない着物に戸惑いながらも、一生懸命
歩く姿はとてもいじらしく可愛いものです。

今日は七五三。
「七歳までは神のうち」という言葉もあるように
かつては、乳幼児死亡率も高く、子供が七歳まで
成長することも厳しい時代でした。

そのため三歳、五歳、七歳と節目ごとに大人の
髪型や着付けに近づけていき、七歳をもって
人間の仲間入りを果たし、その御祝いをする
という意味が、この七五三には込められています。

現代では医療も進歩し、可愛い我が子の成長の
過程を祝う行事として全国に定着しました。

ここまで無事に育ってくれたことへの安堵と喜びが
街ですれ違う家族から伝わってきます。

おそらく椿

2014-11-14 UP

11月 14日  おそらく椿

ご機嫌よろしゅうございます。

京都伏見にある安産祈願で知られる
御香宮神社をご存じでしょうか?

ここには遠州公ゆかりの椿が植えられています。
「おそらく椿」と呼ばれるその花は
白と薄紅の混ざった淡い色をした花弁が
幾重にも重なり合い、丸く可愛らしい印象を受けます。

この椿は豊臣秀吉が伏見城築城の際、
各地から集めた茶花の一つと伝えられ
樹齢約400年の古木です。

遠州公が伏見奉行を務めていた折、
この御香宮を訪れました。

「各地で名木を見て来たが、
これほど見事なツバキは、おそらくないだろう」

とたたえた事から、以後
『おそらく椿』
と呼ばれるようになったのだそうです。

遠州公とワイン

2014-11-13 UP

11月 13日 遠州公とワイン

ご機嫌よろしゅうございます。
今日はワイン好きの方には待望の
ボジョレーヌーボー解禁日です。

フランス・ブルゴーニュ地方のボジョレー地区
で作られる新酒。
毎年11月の第3木曜日午前0時に販売が解禁されます。

その年収穫された葡萄で作る、若々しいワインは
そのフレッシュな味わいを楽しむため、
普通のワインとは異なり、
冷やして頂くと美味しいそうです。

さて、遠州公は会席の前に、徳利に葡萄酒を入れて
お出しするなど鎖国政策の敷かれていた
当時の日本としては大変珍しく
貴重だった葡萄酒を茶の湯に巧みに
取り入れていました。

これは遠州公が歴代の長崎奉行との深い交流
があり、葡萄酒を手に入れやすい環境に
あったことが一つの要因のようです。

また黒田藩主忠之公に葡萄酒を贈った際の
添え状も残っています。

(ふくべ)の炭斗

2014-11-11 UP

11月 12日 瓢(ふくべ)の炭斗

ご機嫌よろしゅうございます。

炉開きについては先週ご紹介しましたが、
炉開きの炭点法では、瓢(ふくべ)を
炭斗にしたものを使うことがあります。

瓢は夏にもお話しました通り、干瓢を
作る夕顔の実です。
秋の実りの頃にできるの瓢のもののうち、
すわりのよいものを選んで炭斗を作り、炭を入れます。
水分が多いことから、火に対する水の意味も
あり、炉開きの際に使われます。

遠州公の茶会記にも寛永三年の十月十五日
を初めに、瓢の炭斗が度々登場します。

本来はその都度新しいものを作るのですが
近年では肉の部分が薄く、なかなかふさわしいもの
ができません。
そこでご先代の宗慶宗匠は、瓢に漢詩や和歌を
書き付け、後々にも使えるよう工夫をなされました。
無表情だった瓢の炭斗に
雅の心が吹き込まれます。

瓢の炭斗を見ると、いよいよ炉を開けるのだ
と実感できます。
炉開きを彩るお道具の一つです。

光悦会

2014-11-11 UP

11月 11日 光悦会

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は京都で光悦会が開催されます。

光悦会は東京の大師会に並ぶ
日本の代表的な茶会です。
京都鷹峰の光悦寺において11月11,12,13日の3日間
五都の道具商が世話人となって催されます。

この茶会の舞台となる光悦寺は、
大虚山(たいきょざん)と号する日蓮宗のお寺です。
元和元年(1615)本阿弥光悦が、
徳川家康にこの地を与えられ一族、工匠等と移り住み、
芸術郷を築いていきました。
光悦は、刀剣鑑定のほか、書、陶芸、絵画、蒔絵などにも優れた
文化人で、光悦の死後、寺(日蓮宗)となりました。
境内には、大虚庵など7つの茶室があります。

さて遠州公と光悦にも縁がございます。

遠州公は寛永13年(1636) 5月21日に、品川林中の御茶屋を新しく造設し、
将軍家光をお迎えして献茶します。
その控えの茶碗として用いられたのが、
光悦に依頼して作製された、膳所光悦と呼ばれている茶碗で、
正式に遠州公が取り上げたのは二碗であると言われています。

酉の市

2014-11-10 UP

11月 10日 酉の市

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は11月の酉の日
全国の鷲(おおとり)神社では
酉の市が開かれます。

この鷲神社は、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
を祀っています。

天照大御神が天之岩戸にお隠れになり、
その岩度が開かれた時、楽器を持つ神の弦の先に
鷲がとまったことから、吉祥の兆しとしてその神は
天日鷲命と称される様になりました。

また東国平定のための旅の途中亡くなった
日本武尊の魂が大きな白い鳥と
なり故郷へ飛び去ったと言われています。

そのため鷲神社の氏子は鶏を神の使いと信じ
古くより大切に扱ってきました。

この酉の市では、開運招福や商売繁盛を願い
福をかきこむ豪華な熊手が売られ、境内は
大変な賑わいをみせます。

お店の人との値段交渉交渉も楽しみの一つ。
商談成立し、安く熊手を手に入れたら、
値切った金額をご祝儀として渡すというのが、
粋な熊手の買い方なのだとか。

遠州公の愛した茶入

2014-11-8 UP

11月 8日 遠州公の愛した茶入
「伊予簾(いよすだれ)」

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は遠州蔵帳帳所載の茶入「伊予簾」
をご紹介します。

この茶入の形が編笠に似て、もの侘びた姿を
していること、また鶉のような斑模様をしている
ことからから遠州公が詞花和歌集 恋下の

逢ふことはまばらに編める伊予簾
いよいよ我をわびさするかな              恵慶法師

の歌の意味をもって銘命されたと言われています。

遠州公の茶会記では、
寛永十四年(1637)十二月二日夜に、江月和尚
松花堂昭乗を招いてこの茶入を用いています。

この茶入に添っている仕服の一つは「伊予簾」と
呼ばれています。
このように、茶入の銘から仕服の呼称がつけられたものを
名物裂と言います。

小堀家の手を離れ、所有者を転々とした後、
現在では昭和美術館の収蔵品となっています。

立冬

2014-11-7 UP

11月 7日 立冬

ご機嫌よろしゅうございます。

日毎朝晩の冷え込みが厳しくなってきました。
あたりを見渡すと景色もすっかり変わって
きたのではないかと思います。

今日は二十四節気の立冬にあたります。

霜降から数えて15日目頃を指し、
「冬が立つ」、つまり冬の始まりを意味します。
いよいよ冬の到来です。今日から来年の立春までが
暦の上での冬となります。

気圧配置は西高東低の冬型となる日が増えて行き
木枯らし1号や初雪の便りも聞こえ始めます。