約束事
2022-10-1 UP
名残の茶事の頃である。点前座の風景が、風炉釜と水指の位置の変化で一変する。そして、そのことが季節の移ろいを、文字や言語でなく私たちに自然な形で知らしめてくれる。思えば茶の湯の世界には、そういう伝え方、知らせ方、判らせ方が多い。これらは、よく約束事といういわれ方をしている。
決まり事、決め事、習わし、しきたりといった表現もだいたい同じ意味ではあるが、約束事という方が、あまり強制力を感じさせないように私には思える。つまり一方的ではなく、当事者間で取り決めるのが約束だからである。
茶会、特に正式な茶事では、この約束事が多いし、またそれによって茶会が成立する重要な役割を果たしている。加えていえば、多くの説明をしないで、物事をスムーズに進行できるという利点が多い。いくつかの例を挙げてみると判りやすい。
茶事に招かれた客が一番先にすることは、案内状に対して招きを受けた返事を出し、そこには、必ず遅刻せずに伺う旨を記す。次に、招待日以前に、前礼といって亭主宅に挨拶をする。これは、交通機関を含めて、所要時間の確認や、初めて訪れる場所の確認の意味がある。そして当日は、刻限の一〇~一五分前には到着する。ただし、ここでもう一つの約束事がある。門前に打ち水があれば中に入れる。が、もし仮に水がない場合は、亭主側の準備が万全でないということで、客は中に入らず、少々外で待機をするようにする。
玄関から寄付〔よりつき〕に入る手順にも多くの約束事がある。まず入室する扉が、数センチ開いていれば、「そこからお入りください」の合図である。この約束は、寄付だけでなく、この日一日すべての場所で通用するものである。迷ったときに、開いていない場所は、絶対に開けてはいけない。言い換えれば、開けてもらっては困るという意味と理解しなければならない。露地(庭)に出て、露地石を歩くときも、足元の飛び石に関守という棕櫚〔しゅろ〕縄で縛ってある小石に出合ったら、そこから先は進んではいけないということである。
こういった約束事は、一つひとつ挙げるとどのくらいあるだろうか。みなさま、ぜひ考えて数えていただきたい。
結局、いまとりあげた例をみると、それらは日本人の持つ、阿吽〔あうん〕の呼吸というものにつながってくるのではないだろうか。
この感性が現代社会では著しく劣化しているように思う。その意味でも、茶の湯の文化は、人間力を高め深めるものであると、あらためて誇れるものである。