宗翔さん 対談アーカイブ
2021-10-18 UP
宗翔さんと
臨済宗妙心寺 退蔵院の副住職を務める
松山大耕さんの対談が
アーカイブで公開されました。
松山さんは日本のみならず海外でも活躍され、
日経ビジネス誌「次代を創る100人」
に選出された僧侶です。
お茶の家、お寺、
家を継ぐ者としての心の変化
松山さんのとらえる茶の湯
など、
お二人のこれまでの経験を交え、
分かりやすく語られています。
2021-10-18 UP
宗翔さんと
臨済宗妙心寺 退蔵院の副住職を務める
松山大耕さんの対談が
アーカイブで公開されました。
松山さんは日本のみならず海外でも活躍され、
日経ビジネス誌「次代を創る100人」
に選出された僧侶です。
お茶の家、お寺、
家を継ぐ者としての心の変化
松山さんのとらえる茶の湯
など、
お二人のこれまでの経験を交え、
分かりやすく語られています。
2021-10-8 UP
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は小堀宗翔さんが以前ゲスト出演された
ラジオ番組「山田幸代のONLY ONE RADIO」
のアーカイブ公開をご紹介します。
宗翔さんがラクロスを始めたきっかけ、
お茶とスポーツをつなげる活動について、
また意外な趣味なども紹介。
そして遠州の茶の湯についてを
わかりやすくお話しています。
2021-10-1 UP
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は小堀遠州顕彰会の秋季講演会をご紹介します。
大老・酒井忠勝は将軍家光に最も信頼され、
100回以上も御成がありました。
同じころ遠州は、茶人としても官僚としても大活躍し、
「綺麗さびの茶」を広めました。忠勝は遠州を支援し、
孫娘を遠州の嫡男に嫁がせます。忠勝の矢来屋敷跡、
宗家のどちらにもほど近い牛込箪笥町の会場で、
二人の眤懇の交わりについて解説していただきます。
【講師】深谷信子氏(茶道史研究家・文学博士)
【日時】令和3年10月9日(土)13:00~15:00
※12:30より受付開始
【会場】牛込箪笥区民ホール(新宿区箪笥町15番地)
【会費】顕彰会会員:無料/一般 3,000円
【定員】188名(先着順)
【お問合せ】公益財団法人小堀遠州顕彰会事務局
〒162-0827 東京都新宿区若宮町26
TEL03-3260-1208 FAX03-3260-3510
※会場座席数の50%を定員とし、感染症対策を講じて開催する予定です。
※新型コロナウイルス感染症の拡大等により、中止または会場・内容の変更などの可能性がございます。ホームページにて最新の情報のご確認をお願い申し上げます。
2021-9-17 UP
12日
なんという山かと問うても、霧が立ち込め
どこともわからず、言葉もない。
吉田の城主は古くからの知り合いなので、
手紙を送る。
二かわの里に寄って白須賀の里で休憩し、
さらに新居の渡し船を経て前坂という場所に一泊。
この入海は浜名の橋に続くところである。
古歌にも
かぜわたる 濱なの橋の ゆふしほに
さされてのぼる あまのつりふね
と歌われている。
ふるさとを思い出し、さしてうまくもない歌を
詠んでみようという気分になった。
俄に風が激しくなり、雷もひどくなった。
海面が光り、波の音が枕を動かし、時雨は
旅の床をひたひたと迫ってくる心地がする。
伴っている童共が怖がって騒がしく、
ここはどこなの?などと眠れずに騒いでいる。
風はなおも激しいが、時雨の中浮かぶ雲を
吹き払って月の光が冴えわたっている。
2021-9-10 UP
11日
熱田を夜深くに出発。
鳴海にはところどころに干潟が残り、
海面に月の映る様子は、「田毎の月」
のように美しく思われた。
けれども調子が悪いので駕籠にのる。
うとうとと夢を見ているうちに尾張の
さかい河を渡って夢からも覚める。
しばし休憩して三河の国の池鯉鮒(ちりう)
というところに到着した。
しばし休んでから、岡崎を過ぎて藤川に到着。
此処を夜更けに出発し二村へ。
2021-8-27 UP
ご機嫌よろしゅうございます。
8月28日(土)・29日(日)に、
和歌にまつわる上質な日本文化を体験できる
「わかまつり2021」が、B&C HALL 2F特設会場
(天王洲キャナルイースト内/品川区東品川2−1−3)
にて開催されます。
和歌の披講やかるたの実演などもあり、和歌を身近に
楽しく感じられるイベントが行われる予定です。
宗実家元・宗翔さんも、呈茶と茶の湯と和歌の関わり
についてのお話をする予定です。
詳細は下記をご覧ください。
prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000062390.html
2021-8-6 UP
「上りの記」では、当時21歳の徳川義直に
手厚いもてなしを受けた様子が日記に記されていました。
この21年後の「下りの記」でも義直公の名が登場しています。
1600年生まれの義直公は名古屋城の完成の際に
御母堂と共に城に入り、御三家尾張徳川家の初代となります。
父家康公の遺徳を偲び、儒教を奨励し、
名君とうたわれていました。
家康の孫にあたる年の差四歳の家光とは時折、
衝突したようです。
この「下りの記」では義直公の母が一年前に亡くなり、
江戸から帰り法要を済ませ、その喪に服していることが、
宿の主から語られています。
2021-7-25 UP
オリンピック ソフトボールでご活躍の
上野由岐子投手と小堀宗翔さんの記事が
ネットニュースに掲載されました。
▼茶道の師匠が見た上野由岐子の投球
繊細で器用で丁寧で…
「わび」「さび」を感じる結構なお点前でした
報知新聞社
news.yahoo.co.jp/articles/c75e3b1078efc48f87a62d87fbdd64e7b300492e
2021-7-23 UP
〇桑名城主
桑名の里に到着した遠州を,
桑名城主が出迎えています。
この年の桑名城主はこれまで本田忠政と
されてきましたが、松平定綱と改めます。
「月刊遠州」6月号でも松平定綱が紹介されており、
定綱にあてた遠州の消息などから
定綱と遠州の交友があったことがわかります。
定綱は、徳川家康の異父弟 松平定勝の3男で、
1635年から五万石の加増を受けて、
大垣藩から桑名藩にはいっています。
1万石からスタートした定綱は、
加増を希(こいねが)って11万石にまでなりますが、
それには改易された福島正則の家臣を
受け入れるためだったという話が語られています。
(ご興味ある方はこちらhttps://www.jacom.or.jp/column/2021/04/210424-50930.php)
先ほどご紹介しました通り、
定綱は同時代の文化人として知られた遠州をはじめ、
木下長嘯子や林羅山らと交流がありました。
遠州流が松平家の茶として代々継がれ、
寛政の改革で有名な松平定信の代まで伝えられました。
定綱と遠州の交友から、遠州流が松平家の茶として
代々継がれ、寛政の改革で有名な松平定信の代まで
伝えられました。
定信自身は遠州流を本にした
お家流を開いたという記録が残っています。
2021-7-21 UP
2021年7月17日(土)・18日(日)、
東京2020オリンピック聖火リレーに代わり、点火セレモニーが行われ、
小堀宗翔さんも練馬区立練馬総合運動場にて参加しました。
その様子が掲載されています。
是非ご覧ください。
olympics.com/tokyo-2020/ja/news/tokyo-day-9-10
sports.nhk.or.jp/olympic/torch/runners/p5xbhgb2/