江月和尚の偈文
2021-5-7 UP
まだ日も昇らぬうちから宿を発ち、
鈴鹿山で休憩する遠州公一行。
この日の日記では、出発の際にいただいた
江月和尚の手紙を読み、
その心遣いに涙を流す遠州公の様子が記されています。
長い旅路へ向かう遠州公を気遣った江月和尚が送った偈文
莫忘風流旧同友 花時洛下約遭逢
(わするなかれふうりゅうきゅうどうゆう
はなのときらっかにそうほうをやくす)
には、風流の心を一日としてわすれることなく、
今日まで生きながらえてきた私たちであるから、
また必ず桜の花が咲くような風流の時には、
また京都で逢うことができるでしょう。
お互いに元気でその時を楽しみにしています。
という意味が込められています。
この時江月和尚69歳、遠州公64歳。
当時60歳を超えることは大変な長寿であったので
生涯の友ともいえる二人の交友の深さが
この偈文からも偲ばれます。
遠州公も鈴鹿の神前で、また来年の桜の咲く頃、
お目にかかりたいと願います。
玉の緒(命)の少しでも長からんことを
祈るばかりです。と歌を贈ります。
残念ながら、遠州公が江戸に出府している
翌年の11月1日に70歳で入寂される江月和尚。
再び会うことは叶いませんでした。