官兵衛 秀長
2014-3-10 UP
3月10日 官兵衛 秀長 郡山へ
ご機嫌よろしゅうございます。
本日は日曜日ですので
大河ドラマに関連したお話を。
この頃
遠州の父、新介正次は浅井方でしたが
1570年の姉川の戦いで浅井家が滅ぶと
長浜城主となった豊臣秀吉によって
とりたてられ,その弟の、
羽柴秀長に仕えます。
遠州公が生まれた頃には秀長の下で
一千石を拝領する身分になっていました。
天正十年、本能寺の変が起こり
信長から秀吉の時代へ。
秀吉が関白となり、
天正十三年秀長は大和国郡山へ転封となるのに伴い、
正次も郡山へうつりました。
この地で加増され家老に立身します。
当時の郡山は、秀長を中心として
京都・堺・奈良と並んで
茶の湯の最も盛んな土地でした。
【告知】
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金沢 シネモンド 御家元舞台挨拶
3月15日(土) 2回目(17:25~)の上映前に行います
映画 父は家元 公式ホームページ