茶の湯日記

不傳庵 茶の湯日記 

「放下著」

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 

 新しい年を迎えたと思っているうちに、もう二月の声を聞くことになる。本当に一日一日が速く過ぎていく。みなさまの年の門出はいかがであっただろうか。現代社会のように、すべてにおいてスピード感が問われる世の中に自分の身をおいてみると、果たして遅れていないであろうか、取り残されてはないだろうかと、不安になることも少なくない。一方で、そのような動きに流されずに、自身の姿をしっかり見据えて、確実な一歩を踏み出すことも必要である。つまりバランスである。このあたりを上手に使いわける日本人が少なくなったと思う。

 いまは、バランスをとるのではなく、どちらにも踏み出さない、ことなかれ主義や、無責任、無感動主義な人が多い。たとえば現代の若者は恋愛に重きをおかない人が多くなっていると、昨今いわれるのを耳にする。友達の枠を出ない男女関係を大切にする傾向も少なくないようである。傷つきたくない、あるいは傷つけたくないということが、その理由であると聞く。これでは、人の幅や深みというものが出てこないと思う。私はTVドラマを見ることもけっこう好きなのであるが、最近は恋愛ドラマというものは当たらない、つまり視聴率がとれないのが現実である。ある高名な脚本家も、恋愛ドラマより医療関係や時代劇の方を求められるようになっていると話していた。話の内容がだいぶ横道にそれてしまったが、書きたかったことは、バランスのこと。以前の日本のリーダーとなっている人たちは、財界人であっても茶道に深い造詣があったし、漢詩が読めたり、絵を描いたりと、さまざまな分野にも興味をもつ人が多かった。またいろいろなジャンルの人々が、けっこう自由気ままに交流をはかっていた。いまはそれが極端に少なくなったといえる。理由は、最初に述べたように時間の流れが速すぎることが大きい。さらに、政治家でも、財界人でも、多少趣味の色が出るものに対して自信がないというか、世の中の目を気にしすぎるというのか、なかなか一歩を踏み出すことができないのである。確かに昨年は、いろいろあったように、レベルの低い事件、つまり公費を使用した趣味の活動もあった。しかし、これは論外のことであって、本来、人間の教養は、自分の知らない世界から吸収するからこそ高まるのである。私は今年の点初めの床には「放下著」の一軸を掛けた。一度自分のなかに溜め込んださまざまなもの、それを放下してみることから今年はスタートしようという思いからである。一年間、この言葉をかみしめながら歩みたいと思う。