茶の湯日記4月

不傳庵 茶の湯日記 

季  節
遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 


 卯月の声を聞く頃になると、成趣庵の露地の景色もすっかりと春の風情に溢れる。例年は、二月末から三月第一週あたりには、露地全体を覆っていた敷松葉をあげている。その直後は、やはり露地の苔も、やや疎らな状態の地表面が覗くのであるが、これもしばらくすると、地苔が生え揃い、浅緑色が石畳の間を埋め尽くすように変わってゆくのである。視線を上げれば、木々にも若い芽吹きが顔を出し、これも、あっという間に葉がその形を成すようになる。

 こうして私たちの周辺は日々刻々と季節の移ろいを示してくれているのである。その変化を捉えて日常に生かすことを得意としているのが、日本人であるという誇りを皆、持ちたいものである。

 そしてその精神は、茶の湯では、特に大切にされ、現代の世まで受け継がれていることを忘れてはならないと思う。一言で季節感と表現すれば簡単であるようであるが、これを実際、上手に取り入れて、茶会や茶事の取り合わせを考えることは、実はそう安易なことではない。

 季節感には、そのものずばり、旬というものが一番ではあるが、それより以前の、先取りもあり、また旬を過ぎた後の、名残り惜しむ心や、返り咲きといった感じ方等々、日本人の感性は実に多様だからである。

 私が茶事をする時には、これらを常に頭において、道具組みや会席の献立を考えている。そういう考え方は、近年特に強くなってきている気がしている。それがなぜなのかは、今、はっきりとは断言は出来ないが、やはり昨今の日本を取り巻く情況や季節の温暖化や環境破壊等の事象を私なりに何とかしたい、茶の湯を通して、失われつつあるものを後世に伝えたい、残してゆきたいという思いであるような気がしている。

 さて遠州誌も六月からは、本の構成・体裁が一新されることになっている。これもまた新しい形の始まりととらえ、ご期待願いたい。