茶の湯日記2月

不傳庵 茶の湯日記 

大坂幕府構想

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 

 今年の正月も例年のとおり、穏やかな気候で始まった。昨年末には、大寒波が襲ってくるといったニュースが一時流れて心配したが、それは杞憂に終わり、まずは上々のすべり出しであった。昨年から何回か述べさせていただいているが、本年はなんといっても五月からの新天皇陛下のご即位という、日本にとって歴史の一大転換期を迎える。この慶事を、私たちは誇りに思うとともに、自身をもう一度見直すよい機会とするべきである。


 さて、昨年末に、流祖小堀遠州公について大きなニュースが報道された。それは、江戸初期の徳川政権が大坂に幕府を移すという構想があったというものだ。当時、大坂の陣のあとに大坂城の再建を担当していた遠州が、義父であり大御所徳川秀忠や三代将軍家光の側近でもあった藤堂高虎に宛てた消息のなかにそのことが書いてあるということで、NHKのニュースで大々的に取り上げられたのであった。


 その消息は、大坂城内に設けられる茶室の庭園に置く石を、高虎に寄進するよう進言する内容で、いずれ大坂城は将軍の御居城になるという前提で遠州は作事の整備をしているといった記載があるとのことであった。これが書かれたのは寛永三年(1626)の極月十七日つまり、十二月十七日ということである。このことから、江戸城から幕府を大坂に移す考えが、このころに計画されていたというわけで、これは遠州公が、いかに幕府のなかにおいて重要な役職をになっていたかがよくわかる大きな発見でもある。


 実は、この消息が書かれた二日前、つまり十二月十五日付で細川忠利の家臣宛てに遠州が書いた消息にも、大坂城関連のものがあり、この年は遠州は大坂城にかなり力を注いでいたのではないかと推測されるのである。いずれにせよ、この消息については、後日研究発表されるということであり、大いに楽しみにしたいと思っている。
 本年は元旦に御歌会の御題「光」にちなみ、次のような和歌を詠んだ。

  一すじの道をたずねし今よりも
  明日の栄えと光さすらめ

 本年も実りある一年となるべく精進してゆきたいと思う。