茶の湯日記2月

不傳庵 茶の湯日記 

休みについて

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 


 如月の声を聞くころになると、年末から新年の行事が一段落し、少しばかりではあるが、ほっとする心もちになるものである。

 以前は、1月15日が成人式と定められており、そのときはまた小正月ともいわれ、広く世のなかでも仕事始めや挨拶廻りを終えたあとの一息を入れるときでもあった。ところが、実はたいへん重要な意味をもっていた成人の日が、できるだけ多く連休を、という意味のためだけに、定められた日でなくなった結果、国民が本来の祝日の意味や、成り立ちを知らないこととなっているのが現在の日本の実態である。大切なことを、そのときの都合で、いとも簡単に変更してしまう。私にいわせると〝根無し草〟のように感じるこのあり方は、いま私たちが生きている日本の姿そのものに見えてしょうがないのである。

 物事にあたるときには、寛容さや柔軟な姿勢が大切であると思う。しかしそれは優柔不断や日和見主義とは違うものである。祝日、休日を意味のない連休にする必要はないと思う。いまは懐かしい響きのように感じる〝飛石連休〟が、休みを取得するうえで不都合と感じるならば、それは働く方の立場、つまり民間が工夫すればよいと思っている。国に決めてもらうことではない。国がしなければならないことは休日を決めることではなく、変えなければいけないこと、変えてはいけないことをしっかりと普遍的、大局的に判断することである。

 仄聞では、明年の5月1日、皇太子殿下の天皇即位・改元の日を祝日、あるいは休日とすることを政府が検討しているという。「祝日」になると4月29日「昭和の日」と5月3日「憲法記念日」にはさまれた二日間が休日となり、10連休となる。この5月1日は改元の年限定の「祝日」となるとも聞くが、どちらにしろ一〇連休にするためのことである。前回の「即位礼正殿の儀」は「休日」であったことを考えると今回もそうなるべきではあるが、そうなると4月30日と5月2日は休みとはならない。

 天皇即位に際し国民が総意をもって祝福する意味はまことに尊いものである。したがって当然、その日は休日となるべきものであろう。しかし、その意味以外に、ほかの考えは必要ないというのが私の意見である。後々思い出して「あのときは10連休だった」というより「5月1日は……」というほうが、私は意義深いものと考えている。一〇連休にするかどうかは、私たちの考えることである。